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輪島塗の担い手を養成するシステムは、今も昔ながらの徒弟制度によるものがほとんどです。職人は、「年季奉公」「年季明け」「礼奉公」の各ステップを経て、1人前の技術を身に付けていきます。 まず、職人を志す者は、親方のところに弟子入りし、4年(蒔絵、沈金は3年)程度の年季奉公をすることから始まります。最初のうちは、掃除や準備作業、荷作り、雑用が割り当てられ、そんな中から仕事の段取りを覚えていきます。 やがて、簡単な仕事が任されるようになります。例えば、塗り職人の弟子なら、まず、お膳の脚など小さな部品を塗ることから始め、へらの使い方や漆の基礎知識を学んでいきます。 輪島では、昭和20〜30年代まで、1年目の新米の弟子のことを指して、「弟子、脚、杓子、今年、みやかし、難し」と言いました。“みやかし”とは、盆や正月の小遣いのことで、「1年目の弟子は、お膳の脚や杓子など簡単な仕事しかできないので、今年は小遣いをもらうことさえも難しい」といった意味になります。 3年目に入ると、ようやく“まな板”と呼ばれる専用の作業台と、漆を塗るへらを入れる箱が与えられます。弟子の報酬は、最初の2年間は、小遣い程度で、3年目からは親方の手伝いをすることで、給料が上がる仕組みになっていました。 |
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年季奉公は、かつては住み込みでしたが、今は自宅からの通いです。年季も、戦前は6〜7年、さらにその前は10年で、下塗りが終われば、中塗り、さらに上塗りへと進みました。昭和40〜50年(1965〜1975)頃までは、塗り職人は下塗りから上塗りまですべてできて1人前でしたが、今では、年季明けが早まるとともに、塗りの工程別に専業化が進んでいます。 年季奉公を終えると年季明けとなります。年季明けの儀式は1月の新年会に併せて行い、親方と弟子は親子固めの盃を交わします。それぞれ所属する六職の組合から修了証書が渡され、親方からはお祝いの品として着物やスーツが贈られます。その際、親方は「弟子が独立したので、仕事をやってほしい」との意味を込めて、なじみの六職の職人たちに弟子を披露します。 年季が明ければ時給換算の仕事となりますが、年季が明けても、半年から1年間は、礼奉公として安い給料で、親方の手伝いをします。 こうして弟子は、晴れて職人となりますが、全ての作業で1人前の域に達するにはやはり10年程度かかります。 |
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