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六職の連携が高品質の輪島塗を生み出す
 六職の連携が高品質の輪島塗を生み出す輪島塗は、多岐にわたる製造工程を分業、専門化することで、高いレベルの技術を維持してきました。塗師屋(ぬしや)、椀木地(わんきじ)、曲物(まげもの)、指物(さしもの)、蒔絵(まきえ)、沈金(ちんきん)の6業種は、江戸時代(1603〜1868)から輪島塗六職と呼ばれ、それぞれが組合を形成しています。
 六職の中心には、塗師屋がいます。塗師屋は、なじみの六職を使って漆器製造をプロデュースする立場で、自らは塗りと販売を担当します。しかし、六職の立場は決して下請けではありません。おのおのが独立していることが輪島塗の職人の特徴で、そのため、腕のいい職人には多くの仕事が集まります。このように、質の高い職人が対等に連携するシステムが、堅牢で優美な輪島塗を支えてきたのです。
 他の漆器産地に比べて、堅固な生産体制を築いてきた輪島塗ですが、昨今は担い手の減少と高齢化の問題に直面しているのも事実です。輪島塗の製造、販売に携わる従事者数は、平成2年(1990)の2,894人をピークに、平成10年(1998)には2,140人までに減少しています。この傾向は、事業所数の推移で見ても同様で、878軒から699軒に減少しています。これらは、長引く不況の影響を受けたもので、過去最高の生産額を記録した平成3年(1991)の約180億円が、約90億円にまで落ち込んでいることからも明らかです。

木地職人
木地職人の高齢化と不足が深刻に
 特に、熟練した職人の減少が懸念されているのが、木地の製造分野です。平成2年(1990)と平成10年(1998)の統計を比べると、木地職人の数は、椀木地が29人から16人、朴木地が19人から17人、指物が69人から45人、曲物が15人から12人と減っています。蒔絵職人298人、沈金職人は96人いますから、その少なさがはっきりと分かります。
 この理由として考えられるのは、木地の製造者は、木地に狂いが生じないように原木を何年もかけて乾燥させるために多くの在庫を必要とすること、さらに、原木から木地を製造するための木工機械などの設備投資を必要とすることなどが挙げられます。また、華やかな蒔絵や沈金の世界に比べ、地味なイメージも若い人が敬遠する原因と言えるようです。
 このため、木地職人は当代限りか、子供に跡を継いでもらうしか、なかなかなり手がいないのが現実と言えます。
 一方、蒔絵や沈金は、職人としてではなく、オリジナリティーと芸術性を追求する作家としての活動もできるうえ、大きな設備や投資を必要とせず、独立もしやすいことから、若い後継者が育っています。
 平成12年からは輪島市が木地・塗部門後継者に奨励金を支給する制度が整えられました。
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