イシカワパラフレーズを語る

2008年1月7日(初演の前日)に石川県立音楽堂交流ホールに行われた「音楽堂アワー」から、「イシカワ パラフレーズ」に関わる部分を紹介します。

【出席者】
池辺晋一郎(作曲家/石川県立音楽堂 洋楽監督)
井上 道義(指揮者/OEK 音楽監督)
一柳 慧(OEK 2007-2008コンポーザー・イン・レジデンス)

OEK:オーケストラ・アンサンブル金沢


井上
明日の曲はシンフォニー7番という名前がついていますが、僕としてはちょっと思わせぶりだったけど、「岩城さん(*1)を追悼するワルツようなものを書いてほしい」とお願いしたんですけど、それとの兼ねあいと、この金沢にあるいろいろな音楽との兼ねあいがどういうふうに作品に反映されているのか、ちょっと話していただけると、明日来る方は楽しみが倍増するんじゃないかと…。
一柳
岩城さんとは、私はオーケストラ・アンサンブル金沢の最初のコンポーザー・イン・レジデンス(*2)だったこともありまして、長い間よくお世話になったし、ずっと岩城さんと二人三脚みたいな感じで歩んできた気持ちがありますから、これはもう当然のことなんですよ。ただどうしても作曲というのは、頼まれた相手のことを考えざるをえないですから、今回は井上さんが指揮者ということもありまして、そうするとイメージが岩城さんからどうしても井上さんのほうに変わる。もちろん金沢、伝統とか歴史、現在の…、特にこの前、能登の地震(*2)のすぐ後に地方に行ったりして、現実の厳しさを見ましたので、そういう印象も少なからず(曲に)反映しています。問題は難しいんですけども、そういう金沢・石川の言ってみれば伝統とか歴史とか、あるいは音楽的にいうと民謡とか民族音楽的なものを、西洋をベースにしたオーケストラと、単なる折衷ではなくて、混在させるのか。それをやるにあたってはやっぱり岩城さんが言い続けてくださった「バッハもベートーヴェンもその時代の前衛、最先端だった」という言葉にずいぶん励まされましたね。だから、その両方の、わりあいソフトなイメージの部分と、そうでない部分と両方入っているんですけど。
井上
フルートの旋律とかトランペットの馬追いのような旋律は、あきらかにこのへんのものに聞こえるんですけど。
一柳
そうですね。それから、真ん中のセクション、これは、半年ほど前に能登の総持寺というお寺にはじめてうかがったのですが、すばらしいお寺ですね、あそこがかなり(地震の)被害を受けて、壁が崩れていたり、扉がこう傾いでいたりしたのをよく覚えていますけど、あの印象は非常に強烈で、ああいったものもすこし取り込みたいと。
井上
時間が止まっているような、言ってみれば岩城宏之が不在だ、みたいな、そういう印象になりますね。そういう感じはあります。僕はいまのお話が正直だなと思ったのは、例えば犀川を曲にしろたってできっこないんだよ。それから金沢を曲にしろたって、できっこないんだ。それを県から頼まれたら金沢風にするなんて、できっこないんだよ。いまの金沢をどういうふうに考えるか、自分を書くしかないんでしょうね。だから、そういういろんなものが全部入っているのがこの曲だと。非常に正直な真摯なお答えだと僕は思いますよ。
池辺
お話を伺っていると、いろいろなものが響きあっているということがシンフォニーという言葉になったのかと思ったのですが。
一柳
まったくそのとおりです。
池辺
でも一柳さんの曲として、風土的というか、民謡を使うとか、あるいは民俗的なものに関わるというのは、珍しいですよね。
一柳
そういうふうに思うかもしれませんけど、そうでもないんですよ。例えば、アフリカの音楽を使っているとか。それから、要するにね、音楽には、ポピュラーもあれば民族音楽もあって、クラシックもあれば現代もの…いろいろとあるわけでしょ。いままでの音楽って、どれか一つだけを切り取って完結していくんですよ。そうするとね、現代音楽ってのはいつも難しくて、聞きづらいものあるし、クラシックは豊かだとかね。そういうイメージができちゃいますけどね、そうじゃなくて、できたら、違う音楽同士をこう、うまくすり合わせていきたいと。
井上
今回の曲も、わかりやすい。だから、いわゆる一柳さん=前衛=何だかわからない、とは全然違う。

井上 道義

一柳  慧

池辺晋一郎


*1 岩城宏之/オーケストラ・アンサンブル金沢 永久名誉音楽監督。2006年6月13日永眠。
*2 コンポーザー・イン・レジデンス/オーケストラなどと期間契約を結び、その間に新作を提供したり顧問的な役割を果たす制度のこと。
*3 能登半島地震/2007年3月25日に起こった地震。能登半島の七尾市、輪島市、穴水町で震度6強を観測した