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| 旧加賀藩(越中・加賀・能登)では、外のれん・内のれんと呼ばれる独自の形態があり、それらを総称する「加賀のれん」という呼称が、昭和45年頃から用いられています。用途は間仕切りですが、部屋の鴨居から敷居近くまで垂れ、さまざまな吉祥模様が粋なデザインで表現され、簡素な室内空間に華やかさを添えるものです。加賀には友禅の仕事と併用していた紺屋が大勢いて、糊置きや藍染めの仕事をこなし、それぞれ自分の手製の見本帳を持ち、客に見せて大体の模様と値段の意向を聞き、また持ち込みの下絵による特注品なども制作しています。 外のれんは、町屋(まちや)の茶の間と次の間の間にある板戸を開けて掛けた普段掛けで、はじまりは江戸時代後期からと考えられます。外のれんは木綿地に藍染で普通三巾に仕上がり、裏表狂い無く両面に糯(もちごめ)の糊を筒描で置き、藍甕に何回も入れて濃い紺色に仕上げています。 内のれん(花嫁のれん)は部屋のれんとも言い、通常花嫁のれんと呼ばれて、はじまりは江戸時代末期か明治時代初期頃と考えられます。花嫁が持参し、仏間や夫婦の部屋の入り口に掛けられるものです。華麗に飾られた家紋や吉祥模様が、木綿や絹の生地に手描友禅で繊細に表現されています。家紋が一箇所の三巾から、大正・昭和になると家紋が二箇所の四巾、五巾のものもあり、模様も豪華に表現されるようになっています。 ≪花嫁のれんの風習≫ 現在では少なくなりごく格式の高い地域で行われているようです。花嫁が持参した花嫁のれんは花婿の家の仏間入り口に掛けられ、そこで両家の挨拶が交わされた後、花嫁がのれんをくぐり先祖のご仏前にお参りをしてから式が始まります。その後、花嫁のれんは新婚夫婦の部屋の入り口に掛けられ、三日目にお部屋見舞の仲人や親戚の女性達が集まるため、また、その後三日間は花嫁持参のお道具や衣装を拝見に来る祝い客があるので、これらの来訪者のため花嫁のれんを掛けておきます。 |