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加賀お国染による技と美
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お国染の歴史

煤払浮世絵
浮世絵 加賀藩儀式風俗図絵「煤払」
金沢大学付属図書館蔵
雛祭浮世絵
浮世絵 加賀藩儀式風俗図絵「雛祭」
金沢大学付属図書館蔵
寺子屋浮世絵
浮世絵 加賀藩儀式風俗図絵「寺子屋」
金沢大学付属図書館蔵
お国染の歴史は、室町時代から続いた梅染に始まります。暖かみのある無地染めは独特の発展を続け、加賀の土地に根付いてきました。そして、藩政時代には、加賀友禅の元となったといわれています。


加賀藩は幕府から藩を守るために、幕府に逆らうことなく、工芸・学問の府としての武家文化を確立していきました。特に三代藩主利常・五代藩主綱紀の時代には、全国各地から技術に秀でた工芸職人を呼び寄せたことで、加賀の工芸は層の厚さ、質の高さにおいて、他に類を見ない程の確固たる地位を築き、発展していきました。


工芸職人たちは、城内の「御細工所」と呼ばれる工房で切磋琢磨し、藩主、寺院、上級武士のため、また、幕府への献上の品として、精微・華麗な作品を作っていきいました。加賀友禅の染物師もその中に含まれていたと推測されまが、上層階級の人々は、その格式に応じて京都の呉服所などから衣類を求めたため、加賀独自の染め物である「お国染」を手がけるために、職人が御細工所に入ることはなかったとされています。


そのような状況の中、お国染の技術は武士や町人の日常着やのれん、夜着、風呂敷などに取り込まれていきました。染めの本領は絹という時代に、たとえ材質が木綿であったとしても、紺屋の職人たちは技術を磨き続け、そこに優れた作品を作り上げたと伝えられています。

子供着物
風呂敷
子供着物
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