歴史物語

作庭以前〜1643 寺院や家臣の屋敷

千歳台

[ 寺院〜老臣の屋敷地 ]

天正11年(1583)、初代藩主・前田利家が金沢城に入城。その直後に、千歳台から梅林にかけての土地に前田家の菩提寺・宝円寺(ほうえんじ)と祈願所・波着寺(はちゃくじ)を建立している。そして3代藩主利常(としつね)の時代。利常は大々的に市中整備を行っており、その一環であろう、元和6年(1620)にこの二寺は代替地を与えられて移転し、跡地は7人の老臣の屋敷地となった。

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現在の宝円寺

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現在の千歳台 宝円寺の辺り

蓮池庭

[ 王伯子の住居〜江戸町 ]

後に蓮池庭となる場所には、2代藩主利長(としなが)の時代、慶長(1596〜1615)の初めに、加賀藩が招いた明の儒学者・王伯子(おうはくし)が住んだことが知られている。そして、慶長6年(1601)9月には徳川家康の孫・珠姫が利常に輿入れ。江戸から珠姫に付き従った300人のお供のための長屋が、現在の茶店通りに建てられた。230間(約400m)におよぶ建物で、江戸町と呼ばれた。御用聞きに廻る地元の商人が行き交い、大変賑わっていたという。だが、元和8年(1622)に珠姫が23歳の若さで死去すると、お供たちは江戸にもどり、長屋は空家となって、間もなく江戸町は取り壊される。

図鑑関連情報

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金沢城公園から旧江戸町(現在の茶店街)辺りを望む。