御亭物語(おちんものがたり)

夕顔亭

11代藩主・前田治脩(はるなが)による蓮池庭復興の中で、翠滝とあわせて造られたもの。安永3年(1774)7月、翠滝の1ヶ月後に完成し、祝いの茶会が催された記録がある。現在は地続きになっているが、元々は瓢池に浮かぶ島にあったため、「中島の茶屋」、翠滝を愛でる茶室であったため「瀧見の御亭」とも呼ばれていた。夕顔亭の名は待合の床の袖壁にほどこされた夕顔(瓢箪)の透かしの意匠からとられたもの。千利休の高弟・古田織部好みの茶室といわれ、京都・藪内家の茶室「燕庵(えんなん)」と間取りがよく似ている。(内部は非公開)

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詳細

夕顔亭の名の由来である夕顔(瓢箪)の透かし。

後藤程乗作と伝わる伯牙断琴の手水鉢。

躙口(にじりぐち)がなく、障子2枚からなる貴人口がついているところは「燕庵」とは違う特徴のひとつ。

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