それが、山陰から瀬戸内を回って大阪に入る、「西廻り」航路である。
そしてこの西廻り航路に最初に挑戦したのが加賀藩三代藩主、前田利常であった。
1639年、加賀藩の蔵米を大阪に運ぶため、試験的に実施したものだった。これを機に前田家は、1650年代に入って大阪へ大規模な蔵米輸送を行っている。
その後、1671年に、河村瑞賢が幕府米を運ぶための西廻り航路を拓いたが、そもそもの生みの親は前田利常だったといえよう。
以来、西廻り航路は日本海交易の主流となっていく。
前田利常肖像画
福浦金比羅神社船絵馬
船絵馬広徳丸・広静丸