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大樋焼 大樋焼画像
大樋釉 渦文茶わん(うずもんちゃわん)
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歴史

千仙叟(せんせんそう)に同道した長左衛門(ちょうざえもん)

 寛文6年(1666)、加賀藩主5代前田綱紀の招きにより茶道文化育成のため、裏千家四世仙叟宗室(そうしつ)が初代長左衛門を金沢に同道しました。長左衛門は金沢東郊、大樋村に陶土を探し求め築窯しました。これが大樋焼の起源です。
 大樋焼は楽焼の脇窯として金沢化されたものです。ロクロを一切使わず全くの手作りによるもので日本独自の創作的な焼き物であり、「茶の湯」のためだけに生まれたことから大衆性、社会性は初めからありませんでした。従って、大樋焼は量産されず個人の作家としての表徴として、一つ一つ作られてきたものです。現在は、10代長左衛門(年朗)が本家窯元として継承しています。



特色

楽焼を加賀文化に融合

 大樋焼は、千家茶道を加賀文化のために独特なものにするといった風土の中から生まれました。楽家より伝えられた飴釉(あめゆう)は黒釉とともに「茶」との調和が最も取れているものであり、長い間、茶の湯で珍重されてきました。
 茶碗、水指、花入など茶道のためだけに作られてきた大樋焼ですが、現在は食の器や花の器、そして建築空間へと広範囲にわたっています。


大樋焼について、詳しい情報はこちら
 → 「金沢城下町の暮らし」



●能登上布   ●大樋焼   ●加賀象嵌   ●茶の湯釜
●鶴来打刃物   ●加賀獅子頭    ●竹細工   ●加賀竿
●金沢和傘   ●加賀提灯   ●郷土玩具   ●琴
●三弦   ●太鼓   ●銅鑼   ●加賀水引細工   ●七尾和蝋燭
●手捺染型彫刻   ●能登花火   ●金沢表具


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