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美川仏壇 昭和六十三年一月二十一日、石川県指定 歴史・特色 美川仏壇画像






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歴史

湊屋村次郎(みなと・やむらじろう)が技法を確立

 美川仏壇の歴史は室町時代といわれ、石川県で最初に仏壇製造が始まったとも伝えられています。19世紀中ごろに出た仏壇師の湊屋村次郎は、塗り物の技術に優れ、色物堆黒(いろものついこく)の技法で美川仏壇を一躍有名にしました。湊屋の仏壇は、現在、美川を中心に県内に多く残っています。
 旧・美川町(現・白山市)は明治維新後、一時、県庁所在地だったこともある大きな港町です。北前船(きたまえぶね)の寄港地として盛えたこともあって、美川仏壇は海路を利用して遠く北海道にまで販路を拡大していきました。第2次世界大戦前には仏壇従事者が200人を超え、仏壇の町として地元民謡にも歌われるほど繁栄しました。


特色

独特の堆黒技法

 型板から文様を取り出す色物堆黒は美川仏壇独特の技法として知られます。色物堆黒はニカワと下地漆を固形になるまで素手で練り合わせ、それを1ミリの厚さまで丸太でむらなく平らに延ばします。そして、唐草や花鳥、鞘形(さやがた)模様などを彫刻したケヤキの板の上に敷き、足の裏で十分に踏み続け、その図柄の型を起こします。最後にハンダで白木状態の須弥壇(しゅみだん)や来迎柱(らいごうばしら)に張り、金箔を施して完成するものです。
 また、秋田ヒバやイチョウを使った太く丈夫な木割(きわり)や錆地(さびじ)による堅牢な下地塗を基に、蛇腹(じゃばら)細工、籾(もみ)がら虫喰塗(むしくいぬり)、螺鈿(らでん)[青貝塗]、金模様打金具などの独特の技法が伝えられています。



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