(ひみ こうどう)
木工芸(もくこうげい)
重要無形文化財保持者
昭和45年(1970)認定
写真:大堀一彦
略歴
明治39年10月30日−昭和50年2月28日(1906−1975)
金沢市生まれ。小学校卒業後、指物師(さしものし)北島伊三郎に師事、大正13年(1924)からは木工作家池田作美(さくみ)に師事する。同15年(1926)石川県工芸奨励会美術工芸展覧会に入選、昭和34年(1959)から日本伝統工芸展を中心に活躍。49年(1974)日本工芸会木竹部会長。
砂磨き法を研究
氷見晃堂は、20歳ごろから砂磨き法の研究を始め、銅鑼架(どらかけ)の制作を通じて魚住為楽(うおづみ・いらく)と交流しました。砂磨き法は、木目を際立たせるため、木目のあらい材質を砂で磨いて柔らかい部分を削り、硬い年輪の部分を浮かび上がらせるものです。戦後は漆芸家松田権六(まつだ・ごんろく)から正倉院宝物を手本とするようアドバイスを受け、熱心に研究を続けました。
氷見は、素材そのものが持つ美しさを最大限に引き出すことを心掛け、従来の指物技法を合理的に検討することで、古典をよく生かしながらも近代的感覚に満ちた新しい意匠を生み出しました。
また、正倉院宝物研究の成果である金銀縮(ちぢ)れ線象嵌(ぞうがん)の創案など、加飾方法にも熱心に取り組み、木工芸の世界に独自の作風を確立しました。
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