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石川県の伝統文化の源流をたどると、その大半は、加賀藩主前田家とのかかわりに行き着きます。前田家は初代の利家以来、歴代藩主が茶の湯を通じて文化事業に深い関心を寄せました。利家(1538-1599)は千利休の門人と言われるほどの茶人であり、3代利常(1593-1658)は歴代藩主の中でも傑出した文化大名でした。
「加賀百万石」と形容された加賀藩は、江戸幕府にあっては徳川家に次ぐ大藩でしたが、外様大名として常に幕府から警戒の目が向けられました。利常が取った文化奨励策は、武力の誇示を控えて幕府の警戒心を和らげる一方、雄藩としての家柄を天下に示す目的からでした。
利常は小堀遠州(こぼり・えんしゅう)ら当代きっての茶人を文化顧問として招き、格調高い文物の収集や茶の湯の指導、美術工芸の育成に力を入れました。
その一つが加賀藩細工所の整備です。細工所は当初、武具や武器を修理する施設でしたが、利常は前田家の大名調度品の製作や修理を行う工芸工房的な性格へと転換させていきました。高度な技能を持った名工を京都や江戸から招いて細工人の指導に当たらせ、その優れた技術は次第に町方の工房へと普及していったのです。
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