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生活の知恵・保存食品から嗜好食品へ

 日本には、魚に塩をして、ごはんと一緒に漬け込んだ「なれずし」という食品があります。石川県の特産・かぶらずしや大根ずしもこのなれずしの一種と考えられますが、東南アジア各地にも魚のなれずしがあります。1年のある時期にたくさん獲れた魚をどうやって年間を通して保存しようかと考え、できた技術です。私は稲作と一緒に東南アジアから長江下流デルタを経由して入ってきたのだと考えています。
 日本各地で作られたなれずしですが、日本海側にあるなれずしにはひとつの特色があります。それは、作るときに塩とごはんだけでなく、発酵を促進させるために麹を一緒に入れる地方が点在することです。
 日本海側にもうひとつ発達した保存食品に「へしこ」があります。これは塩をした魚を糠床に漬けるもので、やはり長期保存ができます。ふぐの卵巣の糠漬けは、糠床に漬けるし、麹も使いますから、なれずしつくりとへしこつくりが合体した食品ではないかという気がします。
 ところで、発酵食品というのは世界的に見てもクセのあるものが多いのです。特に動物性の発酵食品はその傾向が強く、例えばヨーロッパ各地にさまざまな個性の強いチーズがあります。「へしこ」や「なれずし」も同じで、そのクセの強さによって、好きな人と嫌いな人が明らかにはっきりと分かれます。
 これらの発酵食品はもともと魚を長期保存するために家庭で作っていたものですが、冷蔵や冷凍の技術や輸送手段が発達すると、いつでも新鮮な魚が食べられますから、魚の保存のために作る必要はなくなります。しかし、そのクセのおいしさが好きな人たちから愛され、嗜好食品としてその土地に残ります。そうなると、家庭で作る代わりに、専門に製造する人たち、製造業者が出てきて工夫を凝らし、珍味として土地の名物になる。保存食品は一般的にこのような道をたどります。私は「ふぐの卵巣の糠漬け」も同じ道をたどり、名物として愛され、残ったのではないかと考えています。

【石毛直道プロフィール】
1937年千葉県生れ。国立民族学博物館名誉教授。総合研究大学院大学名誉教授。京都大学卒業。農学博士。 ニューギニア、アフリカをはじめ、各地の現地調査・研究を行う。 『食生活を探求する』(文藝春秋)、『世界の食事文化』(ドメス出版・共著)、『文化麺類学ことはじめ』(フーディアム・コミュニケーション)、『食をもって天となす 現代中国の食』(平凡社・共著)、『上方食談』(小学館)、『食べるお仕事』(新潮社)、『サムライニッポン 文と武の東洋史』(中央公論新社)、『石毛直道自選著作集』(ドメス出版)など著書多数。 第7回渋沢賞、日本生活学会研究奨励賞、日本生活学会今和次郎賞、大阪市民表彰受賞。

民族学者・石毛直道