彫りが生み出す加飾の美 輪島塗 沈金

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修業時代のエピソード

親方のつとめとは…

 弟子をひとり立ちさせることは親方の役割でもあります。こうした徒弟制度においては「物から学ぶ」「見て覚える」ということが基本となっており、親方が直接弟子に教えること自体は少ないのですが、親方はその目や耳で弟子のすべてを把握していると言えます。たとえば長時間座ることに慣れていない新米弟子の様子を見極めて時には外へ使いに出したり、小用に立つ際も弟子が親方の仕事に関心を持って見入ることを分かっていながら席を外したりします。また弟子の彫るノミの音を聞いてその能力・技量を見極めることができるとも言います。

 親方はひとり立ちするために必要である技術や心構え、環境など一通りを把握しており、そのため様々な仕事を弟子に任せます。弟子が向上心を持って親方の仕事を見ているかどうか、分からないところをきちんと聞いているか、細かく見ながら親方は弟子を育てていきます。弟子を途中でやめさせずにしっかり一人前に育てることが親方の仕事であり、誇りでもあると言えます。


兄弟子の責任

 新米弟子の面倒を見るのは兄弟子の仕事です。ノミの持ち方や、研ぎ方、使い方だけでなく、礼儀作法なども兄弟子が教え正します。下の弟子の仕事が遅かったり仕上がりが悪かったり礼儀作法に乱れがあると、それは兄弟子の責任となり、兄弟子が親方に叱られることになります。兄弟子になり上になることで責任感をもつことも修行のひとつなのです。また一番上の兄弟子になると、仕事の段取りや下の弟子たちへの指示なども任されるようになり、独立したときにも仕事を回せるようにと鍛えられます。こうして段階的に学んでいくことで一人前の職人へと培われていくのです。


弟子のあり方

 弟子入りをするとまず最初に下駄の並べ方や玄関の上がり方などの基本的な作法、掃除や片付けなどについて教えられます。弟子入りをするということは親方の一家族になるということでもあり、特に住み込みが主流だった時代はその家庭の掃除やお使いなども行うことが普通でした。弟子たちは親方の覚えが良くなるよう競い合って、要領よくうまく掃除やお使いなどに勤めたと言います。また弟子入りをしたばかりのころは仕事や技術を覚えるより以前に、長時間座っていることが苦痛だったと言います。

 弟子は兄弟子の仕事を見ながら作業をします。年季奉公ではノミの入り方から運び方まですべて親方や兄弟子の言うとおりに彫らなくてはなりません。一番下の弟子は、先に親方や兄弟子が彫ったあとの仕事が回ってくるためその彫りを良く見て覚え、上達を目指します。言われたとおりに彫ることは当然のことですが、言われていることだけをこなしているだけでは上達はせず、兄弟子のしていること、親方の仕事振りをよく見てよく考えて自分の身につけていくことが沈金師への道となります。そういう弟子の姿勢は親方も気づくもので、親方の覚えもよくなるというものでした。


沈金師の家庭にて

 沈金師は通常自宅に工房を持ち、そこで仕事を行っています。沈金師たちの多くは目が覚めている間はノミを握っているとも言われるように、朝起きてから寝るまで食事や所用以外は常に仕事をしています。そのため家の子どもたちが朝起き出したときにはすでに親は仕事を始めており、学校から帰ってきたときも夜寝るときも仕事をしている親の姿を見ており、怠けたところを見たことがないと言います。たとえば夜でも、親が塗箸に彫りを施していると彫り終えた箸が一定のリズムで床に置かれていくので、その音がまるで子守唄のように聞こえたという話もあります。

 またかつては沈金師の家の子どもは沈金師になることが通例であり、子どものころから仕事の使いに出したり、砥石(といし)を下ろし(砥石の面を平滑にすること)に行かせたりと仕事の大切さ、ものの大切さを教えていたということです。


これも修行

 年季奉公で任されることは単なる雑用に見えることもすべて修行の一環であると言えます。たとえば弟子に任される仕事のひとつ、構図を写し取るために置目の紙をなぞる作業はとても大変な仕事ですが、弟子はその大変な作業をしている間にもその絵の構図をよく見て絵の大きさやバランスなど構図を学ぶことができるのです。

 また客先へのお使いや来客の際のお茶出しなどの雑務なども、のれん分けしたのちの人間関係を作れるように顔を覚えさせるための大切なことであったりします。ほんの些細な雑用や仕事がすべて、沈金師としてひとり立ちするために必要なことへつながっているのです。


多彩な知識があってこそ

 沈金の作品は様々な場面で用いられてきたため、その図柄となる山水や花鳥などはその場面に合うものが求められたものでした。四季折々の花鳥風月を知っていることはもちろん、俳句や茶道、華道など様々なことを知っていることがとても大切でした。

 年季奉公が明け礼奉公を終えて独立したとしても、本当の職人となるには10年はかかるとも言われており、沈金師は常に自分を磨いていくことが大切なのです。独立したあとも人の仕事を見たり、新しい感覚を取り入れたり、常に探求を続けることで自分なりの沈金を生み出していくのです。

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