彫りが生み出す加飾の美 輪島塗 沈金

沈金の歴史

写真:黒塗抱牡丹紋鉄線沈金消息箱写真:沈金猫文「けはひ」飾筥

 沈金の歴史は古く、その起源は中国にあります。
沈金は中国では鎗金(そうきん)と呼ばれ、宋王朝(618〜1279年)の時代に始まり、明王朝(1368〜1644年)時代初期に最も発達した技法だと考えられています。鎗金作品が日本に伝来したのは南北朝時代のこと。やがてその技法を真似て製作されるようになったのが、日本における沈金の始まりと言われています。

 輪島に沈金の技法が伝えられたのは、江戸時代享保期(1716〜1735年)。輪島の大工五郎兵衛が中国渡来の鎗金作品を参考にして、漆器に彫刻を施したのが始まりだと伝えられています。
 明和期(1764〜1771年)には笠屋佐次右衛門(かさやさじえもん)が、城順助(たちじゅんすけ、後の専助。雅号、雅水)を京都に上らせ、絵画と沈金技術を習得させたという記述が残っています。その後、城順助は輪島に戻り、今日の輪島沈金の基盤を作り上げました。輪島塗の強固な塗りの特性を活かし、また蒔絵より安価で丈夫な装飾を施せることもあって、沈金は輪島に根付き発展していきます。

 明治・大正にかけて橋本雪洲(はしもとせっしゅう)や舟掛宗四郎(ふなかけそうじろう)といった沈金の名工らを輩出し、輪島の沈金は独自の発展を遂げていきますが、それまでに培われて来た沈金の表現能力を芸術の域まで高めたのが、前大峰(まえたいほう)です。前大峰はそれまで線彫りが中心であった沈金に、点彫りによる立体感や質感を生み出し、沈金の技法に大きな躍進をもたらしました。その後も前大峰に続く沈金作家や職人の手によって沈金の表現の可能性はさらに広がり、現在に至っています。

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