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辻口博啓が語る「加賀“茶の湯”物語」
第一章:加賀、一期一会の心
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第三章:洗練を重ねた懐石と菓子へ
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第1章:加賀、一期一会の心

所作(4/4)


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干菓子(ひがし)
 次いで炭をあらためたのち、干菓子(ひがし)が出されます。






薄茶(うすちゃ)
 干菓子(ひがし)が出された後は薄茶(うすちゃ)となります。
 「茶の湯」の特長は、お茶をたてる動作や飲み方に決められたスタイルがあり、緊張の中にも和やかに進められていくことです。大切なのは、心静かに交わされる主客のふれあい、招いた人と招かれた人の心と心のふれあいです。






道具鑑賞
 最後にお客は道具を拝見し、茶室から退席します。





 主客が名残を惜しむよう、互いに礼を交わし、茶事は終わりとなります。
 

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加賀の茶どころの特長とは・・・「加賀気質」
 「お茶に限らず加賀は、京都や江戸と比較されやすい土地柄です。京都は公家文化、江戸は武家文化といえるなら、加賀はそのどちらとも違う独自の気風、加賀気質を持っています」

 加賀の茶の湯のはじまりは藩祖・前田利家にまでさかのぼります。利家は千利休から茶を習い、3代利常は裏千家の祖、千仙叟宗室(せんのせんそうそうしつ)を加賀に迎え、その後、仙叟は5代綱紀のころまで茶道茶具奉行(ちゃどうちゃぐぶぎょう)をつとめました。

 やがて加賀の茶の湯は裕福な町人層にも浸透し、金沢はもちろん、小松、大聖寺、七尾など、加賀藩一円でその隆盛を極めていきました。仙叟宗室によって広められたわび茶が、やがて裕福な町人層に浸透していきました。
 加賀では歴代藩主も、武士も、町人たちも文化を好み、風雅の道をたしなんできました。
 加賀の茶道は、人々の暮らしの中で洗練され、守り育てられてきたのです。


「自前主義」
 加賀の地には、藩政初期から御細工所があり、さまざまな分野の工芸職人たちが根付いていることによって、加賀では茶道具はすべて自前でつくることができました。茶道具のすべてが、自前でまかなえるという点が、加賀の茶の湯の最大の特長です。

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