多彩な器を作りだす工芸王国・石川
石川県は、食と密接な関係にある器にもことかかない土地柄である。輪島塗や山中漆器、九谷焼など、伝統工芸品産業の数は
36種にも及び、しばしば「工芸王国」と形容される。
これら石川の伝統工芸には、二つの源流がある。ひとつは、輪島塗や山中漆器のように庶民の生活道具として、生活から自然
発生的に生じたものである。湿気が多い気候は漆器づくりに最適だった。
もう一つは、九谷焼や加賀蒔絵、加賀象眼のように、江戸時代に大名道具として加賀藩の文化振興施策の中で発展してきたも
のだ。
絢爛豪華な桃山文化の影響を受けて
ところで、大名道具として発達した石川の工芸には、雅びやかな桃山文化の影響が強く見られる。加賀藩3代藩主前田利常の夫人
と後水尾天皇の夫人はともに時の幕府、徳川家康の孫であり、それによって、後水尾天皇と義兄弟の関係にあたる利常の周辺には、
京都で活躍していた日本の文化史上でも有数の人物たちが集まることになった。
利常は、小堀遠州、金森宗和、千宗室らと交流をもち、茶器の収集、茶の湯や庭園の設計などについて教示を仰いでいる。また、
裏千家初代の仙叟宗室を招いたことで、加賀藩に裏千家流が普及し、その指導のもと、大樋長左衛門(大樋焼)や宮崎寒雉(鋳物師)
が活躍した。
さらに、金工・刀装具については、名家である後藤家歴代を招致した。蒔絵の分野では、京都から五十嵐道甫、江戸
から清水九兵衛、椎原市太夫を招いたことで、加賀蒔絵の基礎が築かれていった。
カムフラージュとしての文治施策
このように加賀藩が文化の育成に熱心に取り組んだのは、江戸幕府に対して謀反の嫌疑を避けるためでもあった。
時あたかも幕府が大藩の取り潰しに躍起となっていた寛永8年(1631)、金沢城の補修、船の購入などを理由に前田家謀反のデマ
が飛び交ったからである。そのため加賀藩3代藩主前田利常は、戦争の意志のないことを明確にするため文治施策に力を入れたのだ。
ちなみに前田家は外様大名だったが、利常をはじめとして徳川家康の子孫を輿入れさせるなど、密接な関係を築き上げ、後に破格
の親藩扱いを受けるようになった。
工芸品を制作する工房「御細工所」
また、石川の工芸発展に大きく寄与したものに、御細工所がある。御細工所は、慶長19年(1614年)、武具等の管理・修復のため
に置かれたといわれ、加賀藩3代藩主前田利常から5代藩主綱紀の頃にかけて工芸工房として整備されていった。工芸諸分野の細工
人の技量や人物を吟味して登用し、藩で召し抱えて給与を与え、1年に1個から数年に1個の作品を製作させた。その技術は退職し
た細工人を通じて、市井に広がり、現在の伝統工芸の発展につながったと言われている 。
さらに、幼少より祖父利常の薫陶のもとで育った5代藩主綱紀も、文化事業に意を注ぎ、藩内の工芸・産業の育成と奨励に努めた。
その中で江戸初期から元禄年間に至る各種工芸の製品や見本を各地から収集するとともに、細工人に製作させたものを標本化し、「
百工比照」と名づけ、技術の保存に役立てた。
特筆すべきは、このように発展していった石川の伝統工芸が、歴史に埋もれることなく今なお脈々と受け継がれ、食卓をはじめ生
活のさまざまなシーンを彩っていることである。
その背景の一つは、厳しい寒さに培われた、忍耐強く粘り強い県民性が、気長に緻密な作業を要求される工芸品制作に適していた
ことだろう。また、京都と同様に、戦災をまぬがれたという点も忘れてはならない。古くからの町並みや建物、庭、文化財が失われ
ることなく現代へと受け継がれたことは、伝統的な文化や工芸が途絶えることなく、育まれた大きな理由の一つではないだろうか。
世界でも希有な 一つの料理に専用の器
工芸王国・石川ならではとも思える器に関するエピソードもある。18世紀後半、大皿に盛り付けられた料理を取り分けて食べる卓
袱料理が江戸で流行した。卓袱料理は、もともと長崎で中国料理を元に日本料理の一部を加えて作られたもの。従来の一人ひとりが
御膳で食べる作法とは違う目新しさから広まり、江戸時代の浮世絵に描かれた宴会風景の中にも大皿に盛られたタイがしばしば登場
する。
東京都文京区本郷の前田家の遺構からもかつて大皿であった陶磁器の破片が見つかっており、江戸での流行はすぐに加賀藩にも伝
わったと思われる。その際、豪華絢爛な絵柄を施した九谷焼の大皿は、料理を際立たせたに違いない。
また、石川の代表的な郷土料理の一つじぶ煮には、じぶ椀と呼ばれる専用の漆器がある。じぶ椀は、口が広く、普通のお椀に比べ
て背が低く浅いつくりになっている。これによって、じぶ煮独特のとろみを具と一緒に口に運びやすくし、汁に具が隠れないようき
れいに盛り付けられる。単独の料理のために作られる専用の器というのは、世界的にも珍しい。これも、豊かな食文化と工芸がなせ
る技と言えよう。
|