【上塗師】
黒田英男さん
良い職人の仕事場はおしなべて緊張感に満ちているが、とりわけ上塗師の仕事場には、ただ事ならぬ張り詰めた空気が漂っている。ほんの少しでも足音を立てて歩けば、そのぶんホコリやチリが舞い上がり、上塗漆を塗った漆器に付着してしまう。したがって、仕事場の上塗師は息をひそめるようにして歩く。だが、上塗師の「敵」は何もホコリだけではない。
「同じ漆を塗っても、その日の天候によって仕上がりの色艶が全く異なってきます。早く乾き過ぎると刷毛跡が残ったり、塗膜表面の艶が失われてしまったりするのです」と、上塗師・黒田英男さん(64歳)は言う。そのため上塗師は、どれほど仕事に熱中していても、片時も天候、あるいは温度計や湿度計への注意を忘れない。
「上塗漆を塗ってから回転風呂に入れ、8時間かけて乾かすのが理想的ですが、塗りの途中、雨が降ったり、急に天気が良くなったりすると、乾く時間が微妙に変化します。極端な話、近所の田んぼで水を張っただけで乾きの時間は変わるんです。上塗師はそのつど、上塗漆を微調整しなければならない」。
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さまざまな刷毛を使い分け、天候や季節、漆に合わせて厚過ぎず、薄過ぎず塗り上げていく。薄く均一に塗るには高度な熟練技が必要だ。
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それだけ慎重を期しても、仕上がりは8時間経ってみないとわからないという。前日の仕事の出来は、翌日の朝でなければ判明しないのだ。黒田さんは平成12年、輪島塗優秀技術賞を受賞した輪島屈指の上塗師だが、そんな名人でさえこう漏らしている。
「気まぐれな自然相手の上塗師の仕事は難しく、苦しいことが多いですね。仕事をしながら、楽しいと思ったことはあまりありません(笑)」。
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