江戸時代、能登には幕府の直轄地である天領(てんりょう)が62カ村あった(加賀・白山ろくの天領は16カ村)。柳田村黒川もその一村である。この黒川村で天領庄屋をつとめてきたのが中谷家(石川県指定有形文化財)だ。
 天保年間(1830〜1844年)の記録によれば、当時の黒川村は田畑屋敷139石、新田36石を数えた農村だが、中谷家は山林数百町歩、田畑89石を持高とする豪農であった。
 「能登名跡志」黒川村の項で「新助(当時の当主の名)とて公領の庄屋あり。よき百姓なり」と記された中谷家の屋敷は、堀と武者返しの石垣に囲まれ、裏庭を含めると4000坪余りの敷地に建つ。
 建物は母屋、土蔵、離れ、奉公人部屋、湯殿兼便所、馬屋の6棟からなり、母屋の回り廊下を通って家の中を一巡できる。広大な邸内や歴史の年輪を重ねた建築用材、所蔵された数々の古美術品にもうならされるが、中でも圧倒的なのは総輪島塗の土蔵である。
 庄屋に任じられてから11代目となる現当主の中谷和夫さんは語る。
 「土蔵は約200年前に建てられました。内部の天井、床、壁板、階段にはほとんど黒と朱の漆が塗られています。そのため、ここに物を置くとその部分が結露して腐ってしまうので、物を入れられない蔵でもあるのです」
 土蔵は一度、仮に建ててから分解。その後、漆を塗ってから再び建築されたものだという。土蔵が完成するまで20〜30年の歳月を要したらしいが、いまとなっては定かではない。それにしても、どうしてまた物を置けない土蔵など建てたのだろうか。
 「昔、庄屋には仕事を求める輪島塗の職人がたくさん訪れました。そこで資産家の責任感から、職を提供するために土蔵を建てたのでしょうね。輪島塗の職人ばかりでなく、冬の農閑期で仕事のなかった小作人たちのめんどうを見ようという意図も含まれた土蔵建築だったようです」。
 なるほど、応分の司法権・行政権も与えられていた幕府取次役(大庄屋)ならではのエピソードといえるだろう。
 土蔵の扉には家紋、入り口の石段には昇り竜と松竹梅を配し、重厚さをうかがわせる。贅(ぜい)を尽くした輪島塗が放つ神秘的な光沢からか、土蔵は古くから土地の人々に「中谷にはカラスのとまらない宝蔵がある」と半ば伝説的に語り継がれてきた。
 中谷家では中谷さん自らの案内で、豪奢な屋敷を見学することができる。いろり端でお茶をいただきながら聞く中谷さんの「奥能登よもやま話」は、荷物にならない、かけがえのない土産物になるに違いない。
 
石川県鳳至郡柳田村字黒川 TEL 0768-76-1511
入館料/大人1000円 中・小500円 開館時間/9:00〜16:00(要予約)
(12月1日より2月末日まで冬季休館)


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