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加賀藩の動き

歌舞伎の加賀騒動の蛇攻めの場面
寛延元年(1748)
加賀騒動
大槻朝元(おおつきとももと)は六代藩主吉徳の寵愛を一身に受け、いっかいの小坊主から三千八百石の大身に出世しました。彼は、吉徳の存命中、それまでの年寄衆をさしおいて藩政の実権を握りました。延享2年(1745)の吉徳の死とともに、対立していた年寄衆の前田直躬(まえだなおみ)が大槻を弾劾、失脚させました。また同じ頃、吉徳の側室真如院により、八代藩主重煕(しげひろ)の毒殺未遂事件がおきました。その事件にも大槻が関わったとされた騒動です。加賀騒動は伊達、黒田騒動と並び、日本三騒動といわれ後年、歌舞伎や講談などの題材になりました。
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